2012年10月31日水曜日

企画の背景について

友人から「どうしてこの企画をするの?あまり繋がりが見えないんだけど?」とご指摘頂いたので、この企画に至った経緯と私の思いを書いておきます。このエントリーは、「くるりん大阪」の公式見解ではなく、呼びかけ人の一人、村木目線でのストーリーです。少し長くなりますが、お付き合い下さい。

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 2012年9月、私はもう一人の呼びかけ人である遠藤まめたさんを誘って、近所で開催されていた湯浅誠さんの講演会を聴きに行きました。元・派遣村村長、元・内閣府参与、今は市民活動家の方です。最近人前でお話しする機会が多いので、人気のあるスピーカーの話を聞いて参考にしたいという思いからでした。 

その講演で、すごく共感したのが、「市民活動には、もっと外交努力が必要だ」という話でした。湯浅さん曰く、元々市民活動として野宿者支援の活動をしていたが、内閣府参与になると税金を使う立場なので、自分と意見が違う人とも対話をしなければいけなかった、これはとてもシンドかった、しかし、学ぶ事が沢山あった、と。 

私は今、「虹色ダイバーシティ」という団体で、主に企業の人事担当者向けに、LGBTをダイバーシティ戦略に組み込めないかと呼びかける活動をしています。これはまさに「外交」で、LGBT当事者として何気なく使っている言葉やその背景を、LGBTという言葉さえ知らない人たちに対して、その人が理解できるカタチで説明する必要があります。例えば、性的少数者というと、その「性的」というのが会社で使う言葉としてはキツく聞こえるので、補足が必要であること、などです。

 LGBTの当事者運動、映画祭、パレード、学生サークル、地域サークル等、これだけ日本各地で、色んな人が頑張っているのに、今ひとつ大きな話題に乗らない感じがするのは、これは「外交」だという意識と、「外交」の技術がシェアされていない、という事が要因としてあるのではないか、と思いました。 

だったら、「外交」に長けている人にその経験を話してもらおう、というのが、一つ目のイベントの意図です。私自身も、すごく興味がある事です。 

ゲストですが、まず、思いついたのがひろこさんでした。ひろこさんは、今年、ディズニーランドでの同性結婚式に関連して、様々なメディアに登場しています。私が数えただけでも30は下りません。LGBTの話をメディアに掲載する際には、言葉の選び方、報道の目線など、様々な事に配慮する必要がありますが、それを記者さんたちにどう伝えているのか、それはどういう経験だったのかを聞きたいと思います。

 メディアの他に、行政関係者、教育関係者、地域の人などと一緒に、セクマイとして活動している人にも話を聞きたいと考えました。まめたさんと相談して、慎二さん、杏理さんを紹介して頂きました。私はお二人の話を聞くのは初めてで、とても楽しみです。 

慎二さんは、横浜の行政、教育関係者と深い繋がりを築いています。基本的に縦割り&横並びであることが多い行政、教育機関をどのように説得し、一緒に活動しているのか。私はそこに興味があります。

杏理さんは、福岡で「やっぱ愛ダホ」の呼びかけをしています。福岡の地域のお祭りにもセクマイとして参画しているそうです。特に地方では、カムアウトの壁が高く、地域の人と一緒に活動をするというのは大変なことなのではないかと想像します。そこに摩擦はなかったのか、当事者や周囲の人はどんな経験をしたのか、是非シェアして頂ければと思います。 

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もう一つのイベント、「セクマイ×貧困」は、個人的な経験が背景にあります。ゲストの一人である、笙子(しょうこ)さんはゲイの友人を自死で亡くしているのですが、それは私も共通の知り合いでした。

彼が亡くなったのは冬の寒い日だったのですが、私は遺品を運ぶ車の運転手として、現場に駆けつけていました。その時はただバタバタしていたのですが、その後ずっと、彼が亡くなった部屋の手触り、においを、忘れる事ができませんでした。今も鮮明に思い出す事ができます。たまに顔を合わせる程度の知り合いだった私でさえ、とても大きなショックを受けたのです。

仕事を失った事も彼の自死の背景にあったと、後から笙子さんに聞きました。これは「虹色ダイバーシティ」の目標として、「LGBTもいきいきと働ける職場をつくりたい」と掲げた、ひとつのきっかけになりました。

今年、自殺防止の大綱にセクマイが文言として入ったり、よりそいホットラインにセクマイ回線ができたりしました。一方で、生活保護の不正受給が大きなニュースになりました。あの部屋で亡くなった彼の経験、後を託された笙子さんの経験、周囲の私たちの経験を、今、広く知って欲しいと思います。

そして、この貧困の問題と切り離せないのが、依存症です。薬物依存、アルコール依存…。これらはセクマイでない人にも、セクマイにもあります。ただ、セクマイの依存症の場合は、セクマイであることへの社会的な許容度の低さのため、困難に困難が重なる事態になります。依存症になる要因に社会的な許容度の低さがあり、また、依存症になった後にも支援につながりにくい、という状況です。
重度の依存症になると仕事を続けるのが難しくなります。仕事がないと貧困になります。貧困になり、支援につながれないと、さらに依存が深まる事があります。

めばさんが、特にゲイやトランスジェンダーの薬物依存について、以前どこかでお話されていたのを聞いた記憶から、今回のゲストをお願いしました。ここで改めて、セクマイと依存症の関係を考えてみたいと思います。

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今回の企画は、二つとも、2012年の今、シェアしておくべき話だと、強く思います。90年代のいわゆるゲイ・ブームの時に20代で、LGBTとして生きる道を選んだ人たちが、今、40代になろうとしています。テレビでオネエとして出ているタレントさんたちが、ほとんど30代後半から40代なのは、この歴史の必然です。LGBTとしての人生を歩む人が増えた世代が、今、40代になり、生老病死、周囲との関係や財産問題を考えざるをえない、人生の大変な時期を迎えています。その重い決断をせまられた際に、個々別々に考え、対応していては、本当に大変な事になると思います。セクマイの当人も、セクマイではない周囲の人も、です。

そんな大変な事態に備え、少しでもヒントになる話ができたら、というのが、今回の企画の意図です。是非、多くの方のご参加をお待ちしております。(村木真紀)

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